28歳専業主婦の神待ち日記

若気の至りで「神待ち」を繰り替えしていた頃の話です。

10代後半で今の旦那と結婚し、20歳の時、男の子を授かりました。
子供が生まれるまでは、それでも何とか新婚生活を楽しんでいたのですが、子供が生まれた途端、夫の態度が豹変し始めました。何かにつけ文句を言い、態度が冷たくなり、言葉遣いもぞんざいになって、その内、家に帰ってこない日が増えていったのです。

乳呑み児のために貯金をしたいと思っても、生活費も碌に入れてくれませんでした。そのくせ仕事仲間には羽振りが良く、毎回奢っていたようです。

そんな悩みを高校時代の親友に相談すると、子持ちの私でも安心して利用出来る神待ち掲示板の存在を教えてくれました。神待ちなんて言葉を始めて聞いた私は、さぞかし豆鉄砲を喰らった鳩のような顔で彼女を見ていたのでしょう。「大丈夫だって。何も心配することはないよ!」と言って、神待ちを勧めました。

兎に角、生活費にも事欠き、、陰鬱で不安な日々が続いていたので、藁にも縋る思いで神待ち掲示板の日記欄に、「子持ちの人妻ですが、気晴らしに美味しいものでも食べに連れて行って下さい!」という正直な気持ちを書き込んでいました。

数時間もしない内に、「今日は空いてるよ」とか「満足させてあげるよ」とか、下心丸見えの男性たちからたくさんのメールが届きました。

しかし、そんな無味乾燥とも思える無数のメールの中で、
「若くして結婚して、おまけに乳呑み児を抱えているなんて、本当に大変だね。何にもしてあげられないけど、息子さんと一緒に食事でもして、相談になら乗れるよ。Hなんて期待してないから」
という、その時の私の気持ちを大切に慮ってくれている内容の返信に目が留まりました。

早速、写メ付メールを送信すると、相手も直ぐに写メ付メールを返信してくれました。何回かメール交換をした後、A駅近くのファミレスで会う約束をしました。

息子を抱えたまま、少し緊張意味に約束のファミレスのボックス席に座っていると、精悍な顔をした長身の男性が私の前に現れました。それから、食事をしながら愚痴を聞いて貰い、久し振りに楽しい時を過ごすことができました。

その後も、一緒に食事をして喋るだけの微妙な関係が2、3年続きましたが、彼の転勤をもって終止符が打たれることになってしまいました。
でも、彼との出会いのお蔭で、あの暗澹たる日々を乗り切れたかと思うと、世間で評判の悪い神待ちも、少しは役に立つこともあるのだ、と密かに思える体験でした。

19歳独身女性クラブイベントスタッフの神待ち日記

その日もあたしは神を待っていた。
高校に進学すると同時に家を捨てて、男と同棲したりして住処を手に入れる生活をしていた。その男は彼氏だったり友達だったり、色々で。
高校の学費はパトロンが出してくれていた。パトロンっていってもあたしの何かしらの才能に惚れたからそのために教育費を先行投資していた、なんて話じゃない。
男女関係のパトロンだ。通称パパ。彼はパパといわれると喜んでいた。実際年も50代だったし。
そんなこんなであたしは自分の女を武器に、生きてきた。高校を卒業してからは六本木のクラブでスタッフをしている。
あたしがまともなお昼の仕事に就けるわけ無い。自分がどういう人間で、どういう生活しかできないのか、よくわかっている。
ちょっと自分語りが長くなっちゃったね。
まあ、この日も神待ちをしていた。
神待ちってさ、深い単語だと思わない?
家のない、家なき子にとっては、神なんだよ。だってその拾ってくれる神がいなかったら、あたしたちみたいな女、即ホームレスでビニールシート生活一直線だよ。そこはよく理解してるよ。
だから、そういう男に神の呼称を捧げるよ。

さあ、あたしを拾って、神様。ダメな人間こそ、救済してくれないと。

あたしは先週同棲していた男に、捨てられた。ほんと捨てられたって単語が正しい。
だから神待ちをしている。どこでって、職場で。
職場がクラブってある意味最高の神待ち環境だよ。
世間はさ、もう働いてる社会人なんだし、金も今まで身銭きらないで全部男に出させてたんだから少しは自立しろ、なんていうかもしんないけど。
無理だから。
一回誰かに面倒見てもらう快楽を知ったら、もうそれでいいやって思うよね。わざわざ苦労なんてしたくないでしょ。
だからこうやってクラブのクローク係をしながらナンパ待ちもしている。ナンパ待ちが神待ちにつながって、待っている間もお金もらえて…もう最高?
いや、最低?こうやって堕落していくのかな人間って。とか思いながら、クラブの耳を破壊するかのような音楽が聞こえてきた。